東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1399号 判決 1963年4月19日
控訴人 復興建築助成株式会社
被控訴人 宝商事有限会社
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し別級目録<省略>の建物のうち別紙図面<省略>表示の部屋を明渡し、且つ金四七万九、三五四円とこれに対する昭和三五年八月三〇日から右支払済みにいたるまで年六分の割合による金員及び昭和三五年九月一日以降右部屋明渡済みにいたるまで一ケ月金一万円の割合による金員を各支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ全部被控訴人の負担とする。
本判決は第二項につき仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録の建物(以下本件建物という。)のうち別紙図面表示の部屋(以下本件部屋という。)を明渡し、且つ金四八万円とこれに対する昭和三五年八月三〇日以降右支払済みまで年六分の割合による金員並びに昭和三五年九月一日以降右部屋明渡済みにいたるまで一ケ月金一万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、
被控訴会社代表者は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、双方において左のとおり陳述したほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(控訴代理人の陳述)
一、原判決書二枚目表二行目の「右訴外人は」の次に「控訴人の承諾をえて」を加え、四行目の「翌日分」を「翌月分」と訂正し、同七行目の「本件第五号室を」の次に「昭和三二年七月一日以降」を加え、同九行目の「昭和三三年八月末」を「昭和三三年一〇月一〇日」と改め、同一〇行目の「本件第五号室につき」の次に「賃貸借の始期を昭和三二年七月一日とする」を加える。
二、(請求原因二、(2) の補足として)
仮りに控訴人から被控訴人に対する本件部屋賃貸借申込につき被控訴人の承諾のあつたことが認められないとしても、控訴人は前記西村との間の本件建物賃貸借契約を合意解除するとともに、同人から同人と被控訴人間の本件部屋転貸借契約における転貸人たる地位の譲渡を受け、かつ右西村から右地位の譲渡の事実を被控訴人に通知したから、これにより西村と被控訴人間の本件部屋の転貸借契約は爾後控訴人と被控訴人との間に移行して存続することになつたと解すべきである。
(被控訴会社代表者の陳述)
一、原判決書四枚目裏七行目の「不知。」の次に、「仮りに控訴人と西村武夫との間に建物賃貸借契約を解除する旨の合意があつたとしても、右合意は適法な転借人たる被控訴人の利益を侵害することを目的としたものであるから、民法第一条第三項、憲法第一三条の規定に違反し無効である。」
二、同五枚目表一行目の「五の(一)、(二)は争う。」の次に、「控訴人の請求原因五、(一)掲記の意思表示が控訴人主張どおり転借料の直接支払いの催告と解されるとしても、賃貸人が転借人に対し請求しうる転借料の額は、転貸部分に相当する賃貸人の賃借人に対する賃貸料の範囲にすぎないところ、右転貸部分に相当する賃貸料は一ケ月金二、〇七〇円五三銭であるから(乙第一号証参照)、控訴人が被控訴人に直接請求しうる転借料は一ケ月金二、〇七〇円五三銭である。従つて控訴人が請求原因五の(一)、(二)で主張する一ケ月金一万円の割合による転借料支払いの催告は過大に失するから、被控訴人が右催告に応じなかつたからといつて、控訴人はこれを理由にして転貸借の承諾の撤回をなすことは許されない。」を加える。
三、原判決書五枚目表五行目の「又被告は」以下同九行目の「失当である」までを、「被控訴人は訴外西村の代理人川尻幸次に対し、昭和二八年二月一九日金二五万円、同年一二月二五日金五万円を、いずれも返済期は各貸付の日から一ケ月後、利息月五分の約で貸付けたが、右元利金の弁済がなかつたので、被控訴人は昭和三二年八月三〇日、西村に対し右貸金の利息債権(昭和三一年三月以前から毎月金一万五、〇〇〇円の割合で生じてきた既往の利息債権)をもつて、被控訴人の西村に対する本件部屋の昭和三一年三月以降の転借料債務を相殺する旨の意思表示をした。仮りに右川尻が右金員借受けにつき西村から代理権を授与されていなかつたとしても、昭和三二年八月三〇日被控訴人と西村との間に、被控訴人が川尻に対して有する右貸金債権と被控訴人の西村に対する本件転借料債務とを相互に対当額で消滅せしめる旨の相殺契約が結ばれたから、これにより控訴人が西村から譲受けたと主張する本件部屋の転貸料債権金一六万円は消滅した。」と改め、なお、「右債権譲渡の通知は、控訴人の要求により西村の本意に反してなされたものであるから、右通知は無効である。」を加える。
証拠の関係については、控訴代理人において新たに甲第六号証の一、二を提出し、当審証人笠原喜代三、同西村武夫の各証言を援用し、後記乙第一一号証の成立を認め、被控訴会社代表者において、乙第一一号証を提出し、右甲第六号証の一、二の成立を認めたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。
理由
本件建物が控訴人の所有に属すること、被控訴人が昭和二七年以来右建物のうちの本件部屋を占有していることは当事者間に争いがない。
控訴人は、昭和三二年七月二日被控訴人に対し本件部屋を同月一日以降賃料一ケ月金一万円、毎月末翌月分支払いとの約で賃貸すべき旨申入れたところ、被控訴人昭和三三年一〇月一〇日右契約申込を承諾した旨主張し、控訴人が右主張のごとき申込みをしたことは原審及び当審証人笠原喜代三の証言によつて明らかであるが、被控訴人が右申込に適合する承諾をしたとの事実は、この点に関する被控訴会社代表者本人尋問の結果に照すときは、成立に争いない甲第六号証の一、二、控訴会社代表者本人の供述その他本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。また控訴人は、本件部屋については従来訴外西村武夫と被控訴人間に賃貸借(転貸借)契約が存在していたところ、控訴人は西村より右賃貸人(転貸人)たる地位の譲渡をうけ、かつ西村から被控訴人に対し右地位譲渡の事実を通知したから、これによつて西村と被控訴人間の本件部屋賃貸借関係は以後控訴人と被控訴人との間に存続することになつた旨主張するが、賃貸人たる地位は権利とともに義務を含むものであつて、控訴人主張のごとき手続のみによつては右地位の移転を生ぜしめるに由ないから、控訴人の右主張も採用しがたい。
しかしながら本件建物については昭和二二年頃以来控訴人と前示西村との間に控訴人主張のとおり賃貸借契約が存在し、その一部たる本件部屋を右西村が昭和二七年頃以来控訴人の承諾をえて被控訴人に対し賃料一ケ月金一万円、毎月末翌月分支払いとの約で転貸しきたつたことは被控訴人の認めるところであり、且つ控訴人と西村間の右建物賃貸借契約が昭和三二年七月一日双方の合意によつて解除されたことは成立に争いない甲第五号証の記載により明らかである(この点につき右解除契約が被控訴人の利益を害することを目的とした無効なものであるとの被控訴人の主張事実を認めるべき証拠はない。)。ところで、かように家屋の賃借人において該家屋の全部又は一部を賃貸人の承諾をえて他人に転貸したのち、右賃貸借が賃貸人と賃借人(転貸人)の合意によつて解除された場合には、他に特段の定めがない限り、賃貸人は右賃貸借の消滅を理由として転借人の該家屋に対する使用収益権を否定することができない反面、爾後転貸人(賃借人)と転借人間に存した転貸借関係は当然賃貸人と転借人間に移行し、賃借人であつたものは右転貸人たる地位から離脱し、賃貸人において右地位を承継することになるものと解するのが相当である。然らば控訴人と西村間の建物賃貸借契約が合意解除された前示昭和三二年七月一日限り、本件部屋についての西村と被控訴人間の転貸借契約は当然控訴人と被控訴人との間に移行し、西村は右転貸人たる地位から離脱し、控訴人が右地位を承継したものといわなければならない。
よつて控訴人の本件部屋賃貸借解除の主張について判断するに、各成立に争いない甲第三及び第四号証の各一、二に本件弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は昭和三五年八月二七日付到達の書面をもつて被控訴人に対し右部屋の昭和三二年七月分以降昭和三五年八月分までの賃料合計金三八万円(一ケ月金一万円で前払いの約)中金三二万円を昭和三五年八月二九日までに支払うべき旨の催告及び右期日までに右支払いがないときは右賃貸借を解除とする旨の停止条件付契約解除の意思表示をしたことが認められ(控訴人の右書面が到達したことは争いがない。)、被控訴人において右催告にかかる賃料金三二万円を支払つたことについては何んの主張もしていない。然らば控訴人の右契約解除の意思表示により、控訴人と被控訴人間の本件部屋賃貸借契約は右昭和三五年八月二九日の経過をもつて解除されたものというべきである。従つて被控訴人は控訴人に対し右部屋を明渡し、且つ右部屋の延滞賃料のうち控訴人主張の昭和三三年一月一日以降昭和三五年八月二九日(但し控訴人は同月末日までの賃料を請求するが、右賃貸借は同月二九日消滅したから、その後の賃料は請求できない。)まで一ケ月金一万円の割合による合計金三一万九、三五四円(円未満は切捨)とこれに対する履行期後の同月三〇日から右支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金(控訴人、被控訴人とも商人であるから、右は商行為より生じた債務である。)を支払うべく、また被控訴人は右契約解除後は何らの権原もなく本件部屋を占有し、これによつて控訴人の右所有権を侵害し控訴人に対し右部屋の賃料相当額の損害を蒙らしめつつあるものというべく(右不法占拠につき被控訴人に少くも過失のあることは明らかである。)、右賃料相当額が一ケ月金一万円であることは本件弁論の全趣旨によつて明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し控訴人請求の昭和三五年九月一日以降右部屋明渡済みにいたるまで一ケ月金一万円の割合による損害金を支払うべき義務がある。
次ぎに控訴人の西村からの譲受転貸料債権の請求について判断するに、成立に争いない甲第二号証、原審及び当審証人西村武夫の証言に本件弁論の全趣旨を合せると、前記のとおり西村と被控訴人との間の本件部屋転貸借契約において転貸料は一ケ月全一万円、毎月末日限り翌月分を支払うことになつていたが、被控訴人は昭和二八年頃以降の右転貸料を支払わなかつたこと、よつて西村は控訴人との間に本件建物賃貸借契約を合意解除した前記昭和三二年七月一日、右未収転貸料のうち昭和三一年三月以降昭和三二年六月分まで一ケ月金一万円による計金一六万円の債権を控訴人に譲渡したことを認めることができ、乙第四号証中右認定に反する記載部分は採用しがたく、その他右認定を左右すべき証拠はなく、西村が昭和三五年四月二〇日到達の書面をもつて被控訴人に対し右債権譲渡の通知をしたことは被控訴人の認めるところである。
もつとも(一)、被控訴人は昭和二八年中西村の代理人川尻幸次に対し二回に合計金三〇万円を利息月五分、返済期一ケ月後の約で貸付けたが、右元利金の弁済がなかつたので、昭和三二年八月三〇日西村に対し右貸金の利息債権(昭和三一年三月以前から一ケ月金一万五、〇〇〇円宛の債権)をもつて、本件部屋の転借料債務を相殺する旨の意思表示をした旨或いは西村との間に右各債務を互いに相殺する旨の契約をした旨主張するところ、前掲証人西村の証言、被控訴会社代表者本人尋問の結果により各成立を認めるべき乙第八号証の一、二、同第九号証及び被控訴会社代表者本人の供述の一部によれば、昭和二八年当時西村の妻の親戚にあたり西村のため本件建物の管理人をしていた川尻幸次が、西村の金銭を費消し、その補填のため被控訴人から二回に合計金三〇万円を利息年三割六分の約で借受けたが、川尻は右元利金を返済しないで行方をくらましたこと、その後西村が被控訴人の要求に応じ右貸金のうち元本金三〇万円について川尻に代つて責任を負うこととし、当時西村が被控訴人に対し有していた本件部屋の未納転貸料のうち昭和二八年頃以降昭和三一年二月までの分計金三〇万円を右貸金三〇万円の弁済に代えて請求をしないこととしたこと、そして西村は右を除いた昭和三一年三月分以降の転貸料債権を前記のとおり控訴人に譲渡したことが認められるけれども、それ以上進んで、右川尻の金員借受けにつき西村から代理権が授けられていたとか、その他右貸金債務につき西村がその責に任ずべきであるというような事実は乙第六、七号証、その他本件一切の証拠をもつてしてもこれを確認しがたく、又西村が川尻の右貸金債務中利息の分まで引受けて被控訴人との間に同主張のごとき相殺契約を結んだとかいう事実もこれを認めるべき的確な証拠はない。然らば被控訴人の右相殺又は相殺契約による右譲渡転貸料債務消滅の抗弁は採用できない。(二)被控訴人はまた前記債権譲渡の通知は、控訴人の要求により前記西村の本意に反してなされた無効のものであると主張するが、右主張事実を認めるべき的確な証拠はないから、この点の主張も採用できない。
然らば被控訴人は控訴人に対し右譲渡転貸料金一六万円とこれに対する履行期後の昭和三五年八月三〇日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金(西村が本件建物の転貸を営業のためにする意思でしていたことは弁論の全趣旨から明らかであるから、右は商行為より生じた債務である。)を支払うべき義務がある。
以上によれば、控訴人の本訴請求中、本件部屋の明渡、右部屋の昭和三一年三月分以降昭和三二年六月分までの転貸料金一六万円(譲渡債権)と右部屋の昭和三三年一月一日以降昭和三五年八月二九日までの延滞賃料金三一万九、三五四円の合計金四七万九、三五四円及びこれに対する昭和三五年八月三〇日以降右支払済みまで年六分の割合による遅延損害金並びに昭和三五年九月一日以降右部屋の明渡済みまで一ケ月金一万円の割合による不法占拠による損害金の支払を求める部分は理由がありこれを認容すべきであるが、その余は失当である。
よつて右と同旨に出でなかつた原判決は一部相当であるが、一部不当であるから、これを変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条但書を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 板垣市太郎 元岡道雄 渡部保夫)